住まいと暮らしのQ&A

中東情勢で街から色が消える

スーパーの棚で、おなじみの菓子袋が白黒になります。理由はホルムズ海峡封鎖による「ナフサショック」です。石油化学製品の原料であるナフサが滞り、インクやフィルムの供給が逼迫したためです。

色を失うことで生まれる美意識

企業はまず「不要不急の色」を削り始めました。四色刷りを二色刷りへ。限定パッケージは中止。SNSでは「地味」「レトロで逆におしゃれ」と評価が分かれましたが、考えてみれば、日本人は昔から色を禁じられるたびに、新しい美意識を編み出してきました。

江戸の奢侈禁止令(しゃしきんしれい)では、町人は派手な着物を禁じられました。しかし彼らは諦めませんでした。表地は地味な鼠色、裏地にだけ鮮やかな紅を忍ばせました。茶色だけで48色、灰色に至っては100色という「四十八茶百鼠」(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)という異様に豊かな灰色文化が生まれ、“わかる人だけわかる粋”が成熟したのです。

現代も同じかもしれません。物流危機と資源高騰のなかで、色は「贅沢品」へ戻りつつあります。コンビニの棚から虹色が消え、白黒パッケージが並ぶ光景は、一見すると不況の象徴です。だが同時に、「色を使わず、どう魅せるか」という創意の時代でもあります。デザインの世界では、文字を読みやすく美しく見せる工夫である「タイポグラフィ」や、紙質、余白、触感が問われます。デザイン力が洗練される機会かもしれません。

もっとも、包装だけではありません。節電で夜景は暗くなり、広告モニターは消灯され、省電力仕様のモノトーンへと変わります。世界が静かに彩度を落としていきます。

色彩の洪水に慣れきった目には、むしろ禁欲のほうが贅沢に映ります。「見せびらかす」のではありません。「わかるやつだけ、わかればいい」。その屈折した美意識が、“粋”という日本独特の色気を育ててきました。

白黒の街で、たまに差す紅は凶暴なほど美しいです。全部がカラフルだった時代には気づかなかった、一滴の赤の価値。たぶん、次の贅沢とは、無限の色ではありません。削ぎ落とされた世界に、ほんのわずか許される色が“艶”になるでしょう。