栃木の強盗殺人事件で高校生4人を逮捕との報道を見て、妙な寒気を覚えました。事件そのものの残酷さもさることながら、「高校生」という響きが、これまで社会が暗黙に信じていた境界線を壊してしまったように感じたからです。犯罪は、もはや遠い世界の話ではなくなりました。
匿名犯罪が玄関先まで来る時代
近頃は「トクリュウ」という言葉をよく耳にします。「トクリュウ」は、匿名・流動型犯罪グループの通称です。匿名性の高いSNSで緩く集まり、指示役と実行役が切り離され、罪悪感も希薄なまま暴力へ流れ込みます。かつて不良には地域の顔がありましたが、今は顔のない犯罪が、スマホ一台で家庭の玄関先までやって来るのです。
我が家でも防犯の話題が増えました。まず玄関の鍵を電子化しました。宅配を装った訪問もあるので、インターホンは録画機能付きに替えました。夜は必ず門灯を点け、人感センサーライトも取り付けました。以前なら「少し大げさでは」と思った対策が、今では生活の作法になっています。
そこで気づくのが、防犯と防災がだんだん似てきたことです。地震への備えとして置いていた非常食やモバイルバッテリーは、停電だけでなく、防犯上の不安にも効きます。窓ガラス用フィルムは台風対策でもあり、侵入防止にもなります。近所付き合いもそうです。災害時の助け合いのためと思っていた挨拶が、「異変に気づける関係」に変わっていきます。
かつて日本には、「戸締まり用心、火の用心」という言葉がありました。火事も泥棒も、暮らしの延長線にある現実だったのでしょう。便利さと匿名性を手に入れた現代は、一度その感覚を忘れました。しかし社会の空気が不穏になるほど、人はまた、自分の家を自分で守る感覚へ戻っていきます。
もちろん、本当に必要なのは監視カメラの台数ではありません。若者が、闇バイトや匿名犯罪へ転がり落ちない社会をつくることです。だがそれでも今夜、人は玄関の鍵をもう一度確かめます。防災グッズの横に、防犯ブザーを置きながら。





